_予感

「大人は誰でも子どもだったことがある。ほとんどの人は覚えていないとしても」アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
maosoir 2024.04.12
誰でも

劇作家で会社員の梢はすかさんと「フリムジ」というPodcastを配信している。妊娠前から配信しており、5回配信したところで私が妊娠後期に入り頭と口が回らなくなった為、わたしの産休・育休ということで現在更新は休止中である(再開する予定で原稿はたくさん書いている)。お互いが話したい映画や本などについてテーマを持ち寄り構想フォルダに入れているのだが、その中にちくまwebの連載・鳥羽和久「十代を生き延びる」というテーマが入っていた。妊娠中に少し読んだが全く頭が回らなく、放置した状態になっていた。podcastが再開に向けて動き出し、妊娠・出産・一年九か月の育児を経て、改めて読むとこれが私がいま求めていたものだ、と思った。

わたしが最初に「親も人間なんだ」という衝撃を受けたのは、父が亡くなった小学五年生のときだった。廊下で幼い子どものように大声で泣き叫び「お母さん、お母さん」と祖母に抱きつく母を見て、完全な存在だった母という存在がガタガタと音を立てて崩れた。

わたしの親も、子どもをうまく愛せないという病を抱えていただろう。わたしが突然学校に行かなくなった高校二年の時、母はショックを受け私の育て方が悪かったのだと思い悩み、ドアの下の隙間から手紙を寄こしたり、学生時代の恩師に手紙で相談したという。母は最初から母だったわけではない。わたしの眼差しで、母は母になったのだ。

ふと、思い出したことがある。娘が新生児の頃、育児は割り切れないことの連続だ、と思っているとき、抱っこひもに娘を入れて寝かしつけながら二宮金次郎のようにして千葉雅也「現代思想入門」を読んだ。「グレーゾーンにこそ人生のリアリティがある」というくだりに、育児こそまさにそれそのものではないか、と思った。自分が乱される、あるいは自分が受動的な立場に置かれてしまうことにも人生の魅力はある。例として植物が挙げられていたが、赤ちゃんなんてその最たるものである。他者に主導権があり、それに振り回されている、そのことがイヤなようでもあり、そこにこそ楽しさがあるようでもある。この両義性。両義性ーーー対立する2つの解釈がその事柄について成り立つこと。子どもを愛している、と、子どもが憎い。これも両義性ではないか。今自分が行っている育児と現代思想入門の内容がどんどんリンクしていき、今、人生の本質に触れているのだな、と秘密を少し解き明かしたような、どんよりとした雨雲が晴れたような気持ちになり、わたしはこの本にとても救われたのだった。

わたしはどうやってわたしになったのかーーーわたしは母に愛されたから愛を知り、母がわたしをうまく愛せなかったからこそ、愛の複雑さを知り、それに触れてみたいと思い、娘が生まれたのだ。

強い風が吹く。風塵に目を細めると大人になった娘の後ろ姿が丘の上に見える。娘は、わたしに愛されて愛を知り、わたしが娘をうまく愛せなかったからこそ、愛の深さを知り、愛を渇望し、それに触れてみるだろう。そこに、人生の秘密があるから。

山下達郎の「sparkle」を再生する。あの、目の覚めるように鮮やかな、何百回聞いてもいま初めて聴いたような気持ちにさせるギターのカッティング。この音は過去に都会の街中のスピーカーから、海辺のラジカセから、避暑地のコテージから、浪人生の部屋のラジオから流れ、一秒先にも世界中のどこかで流れるだろう。ふと、いまはいつなのかわからなくなる。過去なのか、現在なのか、未来なのか。未来を懐かしく思うとき、わたしは、わたしだけの時間を生きているのではない。

追加で十二回目の配信となりました。今までわたしとつながってくれてありがとうございました。12月から4月までの5ヶ月間、どんなことを感じられたでしょうか。日々の生活の中で、母になった元文化系少女から手紙が届くような体験は、あなたにとってどんな季節だったでしょうか。

ZINEの構想も着々と進んでおり、9月には現物が手元にある状態になります。わたしの大好きなペインターさんに表紙・裏表紙の装丁と挿絵を描いていただけることになり、着々と打ち合わせが進んでおります。なんとみなさんと同じようにこのニュースレターを購読していた夫のあとがきもつきます。現在色々と調べている最中ですが、置いてくれるお店やZINEフェス情報を紹介していただける読者の方がいらっしゃったら、ぜひコメントやSNSで情報をいただけると嬉しいです。もちろん通販もいたします!


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