妊・娠
車酔いしたときは、家に着いて吐き、2時間もするとだいぶ楽になってくる。
わたしの悪阻は、いま思えば水も飲めなくなり点滴をしたり重症悪阻で入院する人たちに比べれば普通程度だったのだが、車酔いのピークが吐いても吐いてもピークのまま何日間も続く、というものだった。
時が過ぎるのを待つしかない。とりあえず夕方6時になってほしい。気持ち悪い。水分をとっても吐いてしまう。3日目。スマホで時計を見る。まだ前回見たときから5分しか経っていない。絶望する。涙がダラダラ流れ顔がぐちゃぐちゃになる。「悪阻 死にたい」「悪阻 自殺」でスマホの履歴が埋まっていく。悪阻で病院の窓から飛び降りて自殺した女性がいたという。お腹の子どもが死ねばこの苦しみが終わるんだ、という考えが頭をよぎり、そんな考えが浮かんでしまった自分は母親失格だと激しい嫌悪感でいっぱいになる。また顔がぐちゃぐちゃになり涙がダラダラ流れる。
「いくら本を読んで映画や音楽に詳しくたって、お前は女なんだよ」と力ずくでわからせられているようだった。ケイト・ザンブレノ『ヒロインズ』の中の「『ものを書きたいなどといううぬぼれた知的階級の女性を治療する唯一の方法は、実際に妊娠することだ』、とニーチェは言った」という一節を思い出し、全くその通りだ、と思った。

著:ケイト・ザンブレノ/訳:西山敦子『ヒロインズ』 C.I.P.Books
ふと、初潮を迎えたときを思い出していた。
それまでのわたしは万能感に満ちていた。賢く、運動神経はよく、絵や習字を書かせたら入賞し、友達や先生からの信頼も厚い。クラスの男の子でわたしよりできる子はいない。わたしはなんにでもなれる。どこへだって冒険しに行けるのだ。
はじめて生理がきたとき、感じたのはそんな自分に対する恥ずかしさだった。わたしは女の子なのだ。カバンひとつで冒険なんて生理用ナプキンを持っていかなきゃいけないんだからできないし、男の子から選ばれなきゃいけないんだから、あまり知識を披露したりしちゃいけないし、わきまえてふるまわなきゃいけない。お腹痛い。こんな時に襲われたらどうするの?男の子に守ってもらわなきゃいけない。こんなに弱いんだから。こんな体なんだから。
背中の羽を失った気がした。わたしはどこへでも飛んでいけなくなり、歩くことしかできなくなった。急に今までの自分が恥ずかしくなった。悲しい悔しい気持ちよりも、一刻も早く今までの自分をなかったことにしたいという気持ちのほうが強かった。

寒いですね。こちら山形は雪です。お正月気分もすっかり抜けてきました。温かいハニーレモンティーを飲んでいます。お身体ご自愛ください。
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