オルナ・ドーナト 鹿田昌美訳/母親になって後悔してる

もし時間を巻き戻せたら、あなたは再び母になることを選びますか?
maosoir 2024.03.01
誰でも
「この社会的期待を知識としては認識していたが、出産後の最初の数日の間に気がついた。今後私は、痛みや感情や欲望や願望を持つにもかかわらず、無制限の時間、自分自身を脇に置いて、自分自身を衰弱させ、姿を消し、抹消されることが期待されるのだと。」
オルナ・ドーナト 鹿田昌美訳/母親になって後悔してる 新潮社

オルナ・ドーナト 鹿田昌美訳/母親になって後悔してる 新潮社

「彼が泣くかどうか、私が怒るかどうか、それを容認するかどうかは関係なく、自分の人生をあきらめることになるのだと理解しました。あまりにも多くのことをあきらめることになる、と私は感じました。」
「メリットを探したのですが、素晴らしい子どもを持てたこと以外には…ありません。なぜなら、すべての分野において…私は以前よりもはるかに気分が悪いからです。」
リラックスできません。今みたいに、そばにいないときでも、完全にはリラックスできません。あらゆる小さなことに絶え間ない罪悪感がつきまとうのです。」
「もう後戻りできないということです[長い沈黙]。いいですか、これは奴隷化なんです。退屈な重労働なのです。」
オルナ・ドーナト 鹿田昌美訳/母親になって後悔してる

花と黄色い小鳥、虹という幸せの象徴のようなものに囲まれた女性。その女性の顔はのっぺらぼうだ。水色の仮面をつけているようにも見える。この表紙はある本を彷彿とさせるーーーそう、「82年生まれ、キム・ジヨン」だ。

世の中には寝かせないことで犯罪者を自白させる拷問が存在する。新生児の世話の生活リズムは拷問または軍隊と同じである。

昼夜関係なく2~3時間おきに授乳。これが何を意味するのか。

赤ちゃんが泣いて起きる。おむつを交換する。20分かけて母乳またはミルクを与える。背中を叩いてゲップを出させる。その後、すぐに眠るときもあるが、抱っこひもにいれて一時間あやしてベッドに置いた途端背中スイッチで起きてまたやり直し、やっと寝たと思ったら5分後に泣いて起きることも多々ある。なぜならこの時点で前回の授乳から2時間経過しているからである。つまりこの場合、母親が寝ることができる時間は5分であるーーーーーーー

これが昼夜関係なく一日8~12回、3ケ月は続く。自分が続けて寝れる時間は0~2時間。寝るタイミングを逃すと簡単に三日連続徹夜という事態が起こる。壮絶である。ミルクなら一日約8回、母乳なら約12回かそれ以上。それと同じ回数だけおむつ交換。赤ちゃんの洗濯2回、うんちの手洗い1回。当然世話をする大人の食事も3回必要だし大人の洗濯もしなければならない。完全母乳で育てた友人は3か月間トイレと風呂以外授乳クッションを腹につけたままほぼソファーに座って過ごしたという。

生後一か月の娘の記録。世話をする大人が眠れるのは青とオレンジの縦の長方形に囲まれた時間のあいだのみ

生後一か月の娘の記録。世話をする大人が眠れるのは青とオレンジの縦の長方形に囲まれた時間のあいだのみ

ニュースでアパートやマンションの一室で母親が赤ちゃんを殺したというニュースがあるが、あれは数か月間ろくに寝ていなくて、数か月間ろくに大人との会話もなく、正常な判断ができない酷い産後うつ状態なのだと思う。以前はそのようなニュースを見て「自分で望んだ赤ちゃんなのにありえない」という怒りしか沸いてこなかったが、今は違う。ものすごくわかる。環境が違えばわたしも一歩間違えればそうなっていたかもしれない、と思うのだ。新生児の育児をして思ったのは、余裕をもって新生児の育児をするには大人が3人必要だということだ。

母性という言葉は昔からあったものではなく、明治以降の近代に「作られた」もので、戦時中や高度成長期に社会や男性に都合よく持ち出されてきたものである。

朝日新聞の寄稿、金原ひとみさんの「『母』というペルソナ」を深くうなずきながら読んだ。ワンオペ新生児育児は非人道的である、というくだりに深く同意した。頼れる実家の有無、子の性格、子に病気や障害があるかどうか、パートナーが育休を取得したかどうか、ベビーシッターや家事代行サービスにアウトソーシングする金銭的余裕があるか、などによって育児の難易度はイージーモードにもベリーハードにもなる。わたしはパートナーが合計半年間の育児休暇を取得したため、授乳も完全ミルクの交代制にして、十分睡眠を取ることができた。途中からは夜間授乳はパートナーの担当に決めたため、わたしは毎日10時間以上別室で熟睡していた。こんなに寝た新生児の母親もめったにいないと思う。しかし、二人で日勤と夜勤の交代制のような生活が続いたため、一緒に暮らしているのに会話をしながら同時に食事をする時はめったになかった。連絡事項を伝えて引継ぎして終わりである。

わたしの新生児育児の話になってしまったが、本題に戻ろう。「母親になって後悔してる」で母親たちが後悔しているものの本質はそこではない。もっと精神的なものなのだ。アイデンティティであり、自分が自分の人生を生きることである。彼女らは母になったことで失ったものの多さを語っている。子どもが大きくなっても、孫が生まれおばあちゃんになっても、その後悔の気持ちがあるのだ。

以前の自己が死んで、新しい別の自己が創造されるのだと。かつて女性が持っていた「誰の母でもない」アイデンティティは、「母」になるために死ななければならないのだ。
「[母になると]、もはやひとりにはなれない。おしまいですーー決してひとりにはなれず、頭の中に自由がないのです。」
「母になると、人生が二度と完全に自分のものにならないと知っていたのです」
「[母になること]の代償は、一生をかけて払わなければならないのです」

痛いほどわかる。わたしも出産してから、美容室に行っても友人とランチをしていても、子どもは今大丈夫だろうかということが気になって心から楽しめたことがない。ましてや映画館に行ったって絶対に没入できないと確信できる。あんなにひとりで映画館に通うのを楽しんでいたのに。自分の脳が違う脳に生まれ変わってしまったようだ。

もちろん金銭的負担も大きい。子どもがいると生きているだけでお金が湯水のように出ていくし、子ども一人を大学まで出すには2000万かかる。子どもがいなければ自分の趣味や旅行、自己実現にお金をかけられる。余裕のある暮らしが楽しめる。

話題になったはてなダイアリーの匿名投稿「子供は産まなくてもよかった」も同じことを語っていると思う。育児にも向き・不向きがある。向いている・向いていないではなく産まれた以上やる・やらないしかないのだが、男親が「おれは育児向いてないから」というのはあり得るのに母親が言うのは許されない。しかし、育児に向いていない母親はもちろん存在する。そしてどちらかといえばわたしもその育児に向いていない母親であると思う。

「多くの女性が、初期の身体経験と以前の情熱の喪失に直面したときに、『命を与えることによって命を失う』という深遠な経験を共有している」という一節に思い出したことがある。わたしの友人は出産したまさにその瞬間、「よかった」「かわいい」と同時に「私の人生は終わったんだな」と思ったという。

わたしがわたしのために生きる人生。わたしとしてのアイデンティティが、肉体的にも精神的にも奪われてゆく。母は、考え、感じ、欲望し、夢を見て、記憶する主体である。なのに公の目、家族の目、そして自分の目に、顔を持たない、仮面をつけた、または超越した存在として映るのである。

母親になるかどうかは自由な選択だ。わたしたちは今までタブーとされていた「母親になった後悔」をもっと話すべきだ。「母親になった後悔」は「子どもを愛していない」ということではない。「母親になった後悔」と「子どもを自分の命よりも愛している」は両立する感情だ。

わたしたちは、わたしたちの未来、未来の女性たちのために、何をしなければならないだろう。やるべきことがたくさんある。彼女たちが迷い、立ち止まり、向きを変え、進んだりまた戻ってくることもできる道を舗装しなければならない。それは広く、頑丈で、安全で、社会や男性に後ろ指をさされたりしない、世の中に存在して然るべきものにしなければならない。それが母になっていっときでもアイデンティティの喪失を体験した女性たちーーこれから母親になるかもしれない女の子たちの姉であるわたしたちがしなければならないことなのではないだろうか。

母でいながらアイデンティティを取り戻したい、自己実現したい。そんな気持ちに寄り添ってくれて、できるよ、とトレイシー・ソーンが姉のように言ってくれているような気持ちになる盤。

配信の間隔が空いたのは、この記事に書きたいことがたくさんあり、しかもうまくまとめられず苦戦していたからです。頭の中に自由がないなりに、今の私の感情を文章として残しておきたい、と回らない頭でしょっちゅう間違いながらキーパンチしています。

予定している配信は残り二本。タイトルは「女だからってなめんなでちゅ」「軽蔑していた大人」。どちらも手強いテーマです。時間がかかりそうですが、自分の気持ちを文章で刻み残します。最後までよろしくお願いします。

追記 

ZINEにまとめる具体的な構想も、非常に幸運なことに強力なパートナーを得て、実は少し前から動き出しています。今回は県内と通販だけでなく、積極的に各地のZINEフェス等に出品していきたいと思っています。ZINEになった際も、ぜひよろしくお願いします!

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